制服 夏服 フェンス
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2018/2/13
すこーし不安になってもわたしの進むべき道はわたしが決めるし、最後までやり抜くと決めたらやり抜くのです。あの制服を着たい、あのエプロンをつけたい、そんな憧れがわたしを動かす原動力。福岡空港から見ていた空を今度は羽田空港から見ます。青い翼に携わることができるしあわせを噛み締めて、あしたも緑のエプロンをつけられることに誇りを持って、毎日を生きたい。
「夜になると、暗くてよく見えない」などと言っている人は、馬鹿に違いない。様々な物の煌めき、飾り、色合いなどは、夜だから輝く。昼は簡単で地味な姿でも問題ない。だけど夜には、キラキラと華やかな服装がよく似合う。人の容姿も、夜灯りで一層美しくなる。話す声も暗闇から聞こえれば、その思いやりが身に染みてくる。香りや楽器の音も、夜になると際立ってくる。
どうでもよい夜更けに、行き交う人が清潔な姿をしているのは、この上もない。若い人は、いつ見られているか分からないのだから、特にくつろいでいる時などには、普段着と晴れ着の区別なく、身だしなみに気をつけよう。美男子が日が暮れてから髪を整え、美少女が夜更けに抜け出して、こっそりと洗面所の鏡の前で化粧を直すのは、素敵なことだ。
2018/11/15
「生きてるだけで、愛。」を見に行った。
最初のシーンから圧倒されっぱなしというか、ずっと驚いていた。
わたしが邦画を好きな理由として、今どきの言葉を使うと、「なんとも言えないエモさがあるから。」というものが第一にある。
でもこの映画は”エモさ”を通り越して、映画の登場人物たちに苛ついたし、呆れてしまった。人生どうにもならなくなると、人間はあんなふうになってしまうのだろうか。
コンビニ弁当を必ず2種類買ってきて、どっちがいいかを問うシーンが劇中には数回あるんだけど、それらのシーンを見ていて思ったのは、本当に食事というものが人間の根本的なものであるし、その行為をきちんとしていなければうまくいくものもいかないのではないかと感じた。
わたし自身、睡眠ばかりを優先して、食事といううものを疎かにしていたら、面白いくらい体調を壊した。なんて身体は正直なんだろうとさえ思った。
それ以来、休日にはできるだけ作り置きをするようになり、お弁当も持っていくようになった。コンビニで昼食を買うだけですぐに千円札は消えていくが、お弁当を持ってい行けばお金は節約できるし、栄養もコンビニ弁当よりは遥かに良い。
一人暮らしは楽しいと大変が紙一重。
普通の生活を普通に続けることの大切さを考えさせられた映画だった。
“感じのいい人だなと思っていた女性ライターの方がツイッターでつぶやいているのを見かけた。細かい部分は忘れてしまったけれど、それは「自律神経を整える簡単な方法」というものだった。 夜寝る前に、3つのことを紙に書き出してみる。1つ目はその日の反省。2つ目はその日にあったうれしかったこと。3つ目は翌日の目標。この順番で書くのがポイントらしい。 ただそれだけ。ただそれだけのことなんだけど、何だか心に残って、その日からやってみることにした。やってみると、あることに気付く。ここまで読んだ人は大体推測できるかもしれないが、反省と翌日の目標は書けるんだけど、「うれしかったこと」が全く書けない。うれしかったこと。うれしかったこと……。うれしかったこと? 何それ。ないってそんなの。そうそうないよ。生きててうれしいこととか。 いや、これではいかんと思い、なんとかうれしかったことを書き出そうとした。考えて考えて、書いたこと。 納豆ご飯がおいしかった。 ちっちゃい。でもたぶんそれしかない。今日のところはそれでOK。なんとかひとつうれしいことがあってよかった。それで次の日は卵かけご飯がおいしかったとか、次の日は社長(共同経営者)とけんかしなかったとか、その次の日はたい焼きがおいしかったとか。とにかく1日に1個はうれしいことを考えるようになった。ちいさなちいさなうれしいことを毎日書いた。でもこれが大きかった。それまでの私は夜寝る前に、「今日は〜〜と〜〜と〜〜がダメだった。なんでダメなんだろう。なんでできないんだろう」、それしか考えてなかった。ダメな自分のまま眠り、ダメな自分のまま起きる。今思えば明らかに毎日死んでいた。 うれしかったことを1日1回考えるようになってから数ヵ月後のこと。その日は休日で、私はよく日が当たる自分の部屋でベッドに寝転がりながら本を読んでいた。隣の部屋には一緒に暮らしていた人がいた。本を読むのに疲れて、ふと天井を見上げたとき。目に入ったのは白い天井に日の光がぱーっと差し込んでいるところ。すごくきれい。きれいだな。うれしい。きれいだからうれしい。穏やかな気持ち。 …? あれ? 私、もしかしてすごく幸せなんじゃないだろうか。こんなにいっぱい日のあたる部屋に住んでいて、休日に好きな本を読めて。 唐突に感情があふれてきて、急に自分がすごく恵まれていることに気付いた。そして周囲の人がどんなに自分に優しくしてくれていたのかに思い当たった。今までずっと自分を責めていたけど、それは自分を責めているふりだったんじゃないだろうか。責めているふりをして、誰かにもっと優しくしてもらうこと、もっと認めてもらうこと、もっと何かをしてもらうことばかり考えていた。なんで優しくしてもらおうと思っていたんだろう。もう充分なほど優しくしてもらっていたのに。築古で隙間風もある部屋の小さなベッドの上で、私は突然ものすごく幸せになった。 うれしかったことを思い出すこと、覚えておくこと、ちゃんと「うれしかった」と言うこと、伝えること。それがどんなに大切で生きていくために必要なことか。私はそれまで全然知らなかった。女性誌ではよくモデルたちが「とっても楽しかった」と言ってパーティーや旅行の様子を綴っている。女性タレントたちのブログでもそう。「楽しかった!」「ありがとう!」「みんな大好きだよ!」 昔は不思議だった。そんな楽しくないでしょ? そんなに感謝してないでしょ? そんなにみんな好きでもないでしょ? 建前だよね。大人だからね。 でも今ならわかる。彼女たちがそうやって言う理由の一つは、幸せのハードルを低くするためなのだと思う。みんなといられるだけで楽しい。集まっただけでうれしい。ケーキがかわいいから幸せ。今足りないものを見つけて気にするのではなく、今の状態こそが満たされていると気付くこと。今日も楽しかったね。明日もいいことあるといいね。「楽しかった、ありがとう」と口に出すことは、祈りに似ている。”
“ちなみにこの国は宗教世界における永世中立国だよ。 あらゆる教義を日本に入ってきた瞬間に 「うんうん、それも八百万だね」 という言葉で殴り倒し、あらゆる宗教の争いを許さない。 おかげで世界で唯一ユダヤ教徒とイスラム教徒が結婚して住める国になってしまった。”
— Twitter: クリフ (@bottikurihu) | 2015年11月8日 11:03 (via asiamoth)
匿名 asked:
ak0gare answered:
最近暑くなってきたねえ。冷たいピーチティでも飲んで、マイナビばっかりにらむの休もっか。あれ地図分かりにくくて使い勝手悪くない?
気持ち、ものすごーくわかるよ~。売り手市場とかいって、実際周りでは内定持ってる友達も増えて、でもわたしには……という状況、本当に針のむしろですよね。去年のいまごろ、どす黒い日記ばかり綴ってたなぁ。あまりに無理なのでは?と思い詰めて比喩でもなんでもなく、三日に一回泣いてたよ。良かったら読み返してね。わたし、8月まで面接受けてたから。え、この女よりはましじゃーん!と思えるかもしれん……。
内定出るまではただただ余裕がなく、あせってしまうと思いますが、あまり自分を追い詰めないようにね。卑下する必要もないからね。
わたしはとにかく周りの人間を利用して慰めてもらってばかりいたなぁ。後輩、先輩、公務員試験控えた同期、キャリア支援してる企業、浪人生……体力なくなるから、自分に投資するつもりでおいしいものたくさん食べてね。だれかに絶対頼ってね。わたしでも良いからね。地獄にいても寝そべられる場所を見つけよう。アドバイスは、悪いこと言わないから内定たくさん持ってる人とかかわらないことです。比較するのが一番精神をだめにする。
“「精神的にきてるとき他人に連絡を返せなくなる」の気持ちはすごくわかって、めんどくさいとか気遣いがどうのとかいうより「いまこの瞬間自分が人間のかたちを保つために持っているすべてのエネルギーを使うので余剰などがまったくない」という状態に近いように感じる”
— 藤坂さんのツイート: “「精神的にきてるとき他人に連絡を返せなくなる」の気持ちはすごくわかって、めんどくさいとか気遣いがどうのとかいうより「いまこの瞬間自分が人間のかたちを保つために持っているすべてのエネルギーを使うので余剰などがまったくない」という状態に近いように感じる” (via sukoyaka)
“好きをかきあつめて冷やしたら、チョコレートになると思っていた 私の涙は真珠だと、絵本で教えてもらったのに嘘だった 比喩だけがきれいな世界でわたしは 女の子という言葉に守られて、化け物みたいにただれていく (「生理ナプキンの詩」最果タヒ)”
— 最果タヒのtwitter (via maopin)
